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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3022号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金一五六万三三〇〇円及び内金一五一万四三〇〇円に対する昭和六二年一〇月六日から、内金四万九〇〇〇円に対する平成元年二月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  当事者

原告は、旅行業等を営む会社であり、被告は、航空機による運送事業等を営む会社である(当事者間に争いがない。)。

二  香港発ロンドン行の航空券についての搭乗拒否

原告は、昭和六二年一〇月二日、竹鶴孝他二名(以下「竹鶴ら」という。)の顧客に対し、被告が外国において適法かつ有効に発行した香港発、東京経由、ロンドン行の航空券(以下「本件1の航空券」という。)を販売し(なお、本件1の航空券は、東京発ロンドン行の航空券よりも安い価格で販売されている。)、これによって、被告と竹鶴らとの間に、香港から東京を経由してロンドン迄の、航空機による国際旅客運送契約(以下「運送契約」という。)が成立した。

竹鶴らは、同年一〇月六日、成田空港において、被告会社の従業員に対し、本件1の航空券を提示して、ロンドン行の便に搭乗しようとしたが、竹鶴らは、被告会社従業員から搭乗を拒否され、新たな航空券の購入を求められた。そこで原告は、竹鶴らのために、被告から、東京発ロンドン行の新たな航空券を合計一五一万四三〇〇円で購入した。

(以上は当事者間に争いがない。)

三  本件1の航空券についての争点

1  被告との間の運送契約の成立について

(一) 原告の主張

(1) 原告は、本件1の航空券をアメリカの旅行業者から買い入れて、これを竹鶴らに売り渡した。

(2) 仮にそうでないとすれば、原告は、被告を代理して、本件1の航空券を竹鶴らに売り渡した。

(3) 更にそうでないとしても、原告は、竹鶴らが被告から本件1の航空券を買い受けるにつき、媒介した。

(二) 被告の主張

右(1)及び(2)の主張は争う。原告は、航空券販売の媒介をしたにすぎない。

2  搭乗拒否の違法性について

(一) 前提となる運送契約をめぐる法律関係など

運送人である被告と旅客である竹鶴らとの間の運送契約については、被告の国際運送約款(昭和六二年一〇月当時有効のもの。以下単に「運送約款」という。)が適用される(当事者間に争いがない。)。

定期国際航空運送業務における運賃については、通常、航空運送の出発地国と到着地国の二国間で締結される国際航空運送協定により、運送を行う両国の航空会社が、国際運送事業者の加盟する国際的団体である国際航空運送協会(以下「IATA」という。)の運賃決定機関を通じて合意に達したうえで、両国政府の認可を得ることが必要とされている。そして、わが国を出発地又は到着地とする運送契約における運賃は、航空法上、運輸大臣が認可することとされ(認可運賃)、運送事業者である被告は、認可運賃を収受すべきことが刑事上の罰則をもって義務づけられており(同法第一〇五条第一項、第一五七条第二号)、他方、運送約款は、被告が行う国際航空運送については、被告が適法に公示した運賃(適用運賃)を適用することとしている(乙一)。

なお、このように各国別に運賃が決定されることが一つの原因となって、本件1の航空券の場合のような、出発地を香港、途中寄航地を東京、到着地をロンドンとする運賃が、出発地を東京、到着地をロンドンとする運賃よりも廉価であるといった運賃格差を生じさせている(当事者間に争いがない。)。

(二) 原告の主張

(1) 竹鶴らは、被告との間に成立していた香港発、東京経由、ロンドン迄の運送契約上の権利のうち、香港から東京迄の間に関する部分を放棄し、残りの東京からロンドン迄の間に関する部分を行使しようとしたものであって、被告が、このような方法による竹鶴らの権利の行使を拒むことができる正当な根拠は、法律上も、運送約款上も、存在しない。

というのは、この航空券は、香港から東京迄と東京からロンドン迄という、内容の可分な二区間の運送に関する権利を複合して表章しており、その内の一部の区間に関する権利を放棄することは、権利者の自由に委ねられているものと考えられるし、また、運送約款第一一条Eに航空券の一部を使用しなかった場合の払戻しに関する規定が置かれているのも、このような場合を予想しているといえるからである。

(2) 仮に、現在の時点においては、被告が搭乗拒否しうる法律上・約款上の理由が存在するとしても、それが正当な根拠たりうるのは、IATAの運賃の適用に関する決議を英国政府が承認した昭和六二年一一月一三日以後であり、竹鶴らが搭乗しようとした昭和六二年一〇月六日の時点では、被告は、同人らの搭乗を拒否できなかった筈である。

(3) 仮に、右搭乗拒否が形式的には航空法又は運送約款に根拠があるとしても、被告自身やその関連会社が右法規及び運送約款に反する行為をなしており、また、旅行業者が公然と運輸大臣認可の運賃を下回る価格で航空券を販売することや旅客が右航空券により搭乗することを被告が容認し黙認してきたという実情からすれば、被告が右搭乗拒否の根拠として航空法及び運送約款の関係諸規定を主張することは、信義則に反する。

すなわち、〈1〉本件のようないわゆる輸入航空券での搭乗を拒否するかどうかについての被告の対応は一貫せず、搭乗を拒否しない場合も多い。〈2〉海外から来日する旅行者の多くが海外発、日本経由、香港着などの往復航空券を購入し、日本-香港間を使用せずに離日して出発地に帰る方法をとっていることは周知の事実であるのに、被告はこれについて何ら問題としていない。〈3〉認可運賃に反するいわゆる「呼び寄せチケット」(日本発海外着の往復航空券)を被告自らあるいはその関連会社が海外において販売している。〈4〉被告は、往復航空券を、往路と復路を逆にして販売していたことがある。〈5〉被告の関連会社において、認可運賃を下回る価格で航空券を販売し、あるいはもともと宿泊など地上手配とセットであるはずの「団体運賃」を地上手配抜きのいわゆる「エアオン」として一枚ずつ個別に販売している。〈6〉旅行業者やチケット販売業者が認可運賃に反する価格での航空券販売を堂々と宣伝して大量に販売しており、しかもこのような実態についてはマスコミ等で報道がされているのに、被告はこのような状態について何らの対応もせずに、これを放置し黙認してきた。〈7〉最近において、被告は、英国で認可運賃の半額以下の航空券(いわゆる「Y2チケット」)の販売をし、或いはその利用を黙認している。

(三) 被告の主張

被告が竹鶴らの搭乗を拒否した根拠は以下のとおりであり、被告は、東京発ロンドン行の航空券についての適用運賃と本件1の航空券の代金との差額が支払われるか、そうでなければ、新たに東京発ロンドン行の航空券が購入されない限り、竹鶴らの搭乗を拒否するとしたものである。

(1) 運送約款第三条及び第五条によれば、適用運賃を支払わない者に対しては、被告はいかなる場合にも運送を行わないものとされており、また、航空券の搭乗用片は、旅客用片に記載された出発地からの旅程の順序に従って使用しなければならないものとされている。

また、航空法は、定期航空運送事業者たる被告に対して、旅客運賃について運輸大臣の認可を受けるべきことを罰則をもって強制しており、右認可運賃は、日本を現実の出発地又は到着地とするすべての運送契約に適用されることになっている。すなわち、現実の出発地が日本である運送契約については、被告は、運輸大臣の認可した運賃を適用すべきことが義務付けられており、この適用運賃以外の運賃による運送契約を締結することはできない。

ところで、本件1の航空券による運送契約は、いずれも日本を出発地又は到着地とするものではないから、その運賃は、わが国の運輸大臣の認可の対象となるものではなく、その券面に記載されたとおり、香港を現実の出発地とし、ロンドンを到着地とする運送契約についてのみ、特段の運賃の調整をすることなく有効に使用できるものである。

ところが、竹鶴らは、本件1の航空券に出発地と記載されている香港を現実の出発地として旅程を開始せず、単に途中寄航地とされているに過ぎない日本国内を現実の出発地として、搭乗しようとしたのである。このように、日本国内を現実の出発地とする旅程について適用運賃による調整をしないまま本件1の航空券の使用を認めるとすれば、とりもなおさず、適用運賃によるべき運送契約についてその適用を免れることを容認することとなり、航空法の規定に違反することとなる。そうすると、被告が、日本を出発地とする適用運賃との差額を支払わなかった竹鶴らの搭乗を拒否したのは、運送契約上当然の措置である。

また、国際航空運送契約においては、出発地国から到着地国迄の旅程とその運賃とが一体となって定められていることからすれば、航空券には、その出発地国から到着地国迄の旅程による不可分の一個の運送契約上の権利のみが表章されているのであって、その中に、わが国を出発地とする運送契約上の権利が可分な形で含まれているものではない。

従って、原告の主張するような、権利の一部の放棄といった観念を入れる余地はない。

このことは、運送約款第五条に、旅客から収受した運賃が適用運賃でない場合には、各場合に応じて、その差額を旅客に払い戻し又は旅客から追徴すると定められていることからも明らかである。なお、運送約款第一一条には、旅客の都合による航空券の払い戻しについて、旅行の一部が行われている場合には、支払済の運賃総額と航空券が使用された区間に適用する運賃との差額から手数料を差し引いた額をもって払戻額とすることが定められているが、この運送約款の規定による払戻しも、当然、使用された区間に応じた適用運賃を控除した残額について行われることとなるに過ぎず、何ら原告の主張の根拠となるものではない。

(2) 原告が前記(二)(2)で主張するIATAの決議は、運送約款の内容を確認したものに過ぎないから、右決議に対する英国政府の承認の日時如何によって、被告の竹鶴らに対する搭乗拒否の措置の正当性が左右される余地はない。

(3) 被告自身が航空法及び運送約款に反する行為をしているとの原告の主張は、本件との関連において特段の意味を有するものではなく、本件1の航空券に関する搭乗拒否が信義則違反になるとの法的帰結を導くものではあり得ないから、主張自体失当である。

3  損害について

(一) 原告の主張

原告は、竹鶴らのために、被告から、東京発ロンドン行の新たな航空券を購入することとなり、合計一五一万四三〇〇円を被告に支払ったので、右同額の損害を被った。

(二) 被告の主張

竹鶴らは、新たに購入した航空券によりそれに見合う役務すなわち利益を得ているから、原告に損害の生じる余地はない。

四  東京発福岡行の航空券についての搭乗拒否

原告は、平成元年二月一日、鶴清孝に対し、被告が外国において適法かつ有効に発行した東京発福岡行の航空券(以下「本件2の航空券」という。)を販売し、これによって、被告と鶴との間に、東京から福岡迄の、航空機による運送契約が成立した。

鶴は、同年二月一一日、羽田空港において、被告会社の従業員に対して本件2の航空券を提示して、福岡行の便に搭乗しようとした。ところが、鶴は、被告会社従業員から搭乗を拒否され、新たな航空券の購入を求められた。そこで鶴は、被告に四万九〇〇〇円を支払って新たな航空券を購入したが、その後、原告は、同年二月一三日、鶴からこの新航空券購入代金の賠償を求められ、同人に対して右代金を支払った。

被告は、鶴に対して本件2の航空券に代えて新たな航空券の購入を求めた措置は誤納入の可能性があるとして、原告に対して、平成元年一二月四日付現金書留郵便により、右新航空券の代金四万九〇〇〇円及びこれに対する同年二月一三日から同年三月末日まで年五分の割合による遅延損害金の合計五万一一五五円を送付したが、原告は、右現金書留郵便を受領後、右金員を被告に返送した。そこで、被告は、平成二年二月二〇日、名古屋法務局において、右金員を弁済供託した。

(以上は当事者間に争いがない。)

五  本件2の航空券についての争点

1  契約成立の経緯

前記三1と同様である。

2  損害について

(一) 原告の主張

原告は、本件訴訟の提起に当たり、原告訴訟代理人を代理人に選任し(当事者間に争いがない。)、同人に対し、報酬として、本件1の航空券の事件に関して一五万円、本件2の航空券の事件に関して一〇万円、合計二五万円を支払うことを約束した。

このうち、本件2の航空券に関しては、原告が被告会社従業員に対して搭乗拒否には理由がない旨抗議したにもかかわらず、被告から任意に賠償の支払いを受けることができなかったので、原告は、本件訴訟を提起するに至ったものである。

(二) 被告の主張

被告は、本件2の航空券に関しては、原告が本件訴訟を提起する以前において、新航空券購入代金と旧航空券購入代金の差額を原告に返還する意向を表明していたから、弁護士費用が被告の行為と因果関係のある損害とされる余地はない。

六  よって、原告は、被告に対し、本件1の航空券及び本件2の航空券に関する被告の不法行為による損害(または不当利得)合計一八一万三三〇〇円の一部である金一五六万三三〇〇円及び内金一五一万四三〇〇円に対する昭和六二年一〇月六日から、内金四万九〇〇〇円に対する平成元年二月一三日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  争点に対する判断

一  本件1の航空券の搭乗拒否の違法性について

1  運送契約上の違法性について

(一) 運送約款の文言の解釈

運送約款によると、旅客は、その旅行中、旅客用片(航空券の一部分である旅客切符の一部分で、旅客にとって運送契約の証拠書類となるもの)及び全ての未使用の搭乗用片(旅客切符の一部分で、運送が有効に行われる特定の区間を明記している用片)を所持しなければならず、被告は、すべての未使用搭乗用片とともに呈示されない航空券についてはこれを受け付けないものとし、その搭乗用片は、旅客用片に記載された出発地からの旅程の順序に従って使用しなければならないと定める(第三条D)一方、経路変更に関する規定においては、明示的に出発地の変更の場合を除外している(第六条A(1))。

このような運送約款の文言に照らすと、旅客は、航空券に記載された出発地から旅行を開始すべきものとして、運送人に対しては右出発地からの旅客運送のみを求めることができるものとされているのであって、その規定の合理性についてはともかく、右出発地以外の地点である途中寄航地を現実の出発地とする旅客運送については、旅客は、当然にはこれを求めることはできないものと定められている。

(二) 適用運賃の収受について

運送約款によると、運送人である被告は、旅客が適用運賃を支払わないときは、いかなる場合にも運送を行わない旨定められている(第三条A)。

そして、適用運賃を定める要素である出発地とは、現実の出発地を意味するものであるといわなければならない。そもそも、旅客運送契約上の出発地という概念それ自体からして、それが現実の出発地とは別に存在するものとは通常考えにくいものであり、現に前述のとおり運送約款上、旅客用片に記載された出発地からの出発が当然に予定されていることからみても、それは現実の出発地と一致するはずだからである。なお、運輸省航空局長は、昭和五四年一月二六日、被告に対して、本邦外地点を出発地とし、本邦内地点を途中降機地とする航空券が本邦内地点を出発地とする国際運送に使用されているが、本邦内地点を出発地とする国際運送に対しては、わが国航空法に基づく認可運賃の適用がある旨通達を発しており(乙三の一・二)、我が国の適用運賃の認可権を持つ運輸大臣の所属する行政庁のとる行政上の解釈においても、運賃の決定にあたっての出発地とは、現実の出発地であることを前提としており、この点も右の解釈を裏付けるものといえる。

ところで、IATAは、昭和六一年一〇月一〇日、「(1)運賃は、航空券に記載された出発地点の国から現実に国際線旅行が開始される場合にのみ適用される。(2)国際線旅行が現実に異なった国から開始される場合には、運賃はかかる国より再計算されなければならない。」との決議を行っている(乙二の一・二)。原告は、右IATAの決議は創設的なものであり、右決議がわが国と英国間の国際運送に適用されるようになったのは、本件1の航空券について搭乗拒否がなされたのちであるから、その反対解釈からすると、右決議の定めるような運賃計算をすべきものではない旨主張するが、IATAと密接な関連を有する運送約款には、出発地のほかにこれとは異なる現実の出発地が生ずることを特に予定している規定は窺われず、かえって、旅客が旅行中所持しなければならない搭乗用片は、旅客用片に記載された出発地からの旅程の順序に従って使用しなければならない旨規定されていることからすると、右決議はむしろ確認的な趣旨であると解するのが相当である(原告は、払戻に関する第一一条Eの規定を援用して、運送約款が出発地以外の地点からの出発を予想していると主張するかのようであるが、経路変更に関する規定である第六条Aは出発地の変更を除外しており、旅客は旅程の順序に従って搭乗用片を使用すべしとする前記規定に照らすと、その払戻の規定は当然には出発地の変更を予定しているものではないと解せられる。)。従って、IATAの右決議の存在は、その効力の発生時期の如何にかかわらず、運賃の決定に当っての出発地に関する前記認定を裏付ける事情と言えるものである。

そうすると、わが国を現実の出発地とする国際運送については、わが国を出発地とする適用運賃が契約上の運賃となるから、その支払いがない場合には、運送人である被告は運送をする義務がないばかりか、そのような運送をすることは航空法上の犯罪として刑事罰の対象とされているのである。

(三) 本件搭乗拒否の違法性

そこで、本件についてみると、竹鶴らは、本件1の航空券により、その旅客用片に記載された出発地である香港ではなく、途中寄航地にすぎない東京を出発地とする運送を求めたものである。

このような場合には、当初の契約で定めた出発地と異なる出発地からの運送を求めるものとして、運送契約の文言解釈上、当然には運送義務自体が発生しないものと解されるばかりか、これを実質的にみても、竹鶴らが東京を出発地とする運送を求める以上、被告は、運送約款上東京を出発地とする適用運賃の支払いが無いかぎり、その運送を行わないものとされているのである。ところが、本件1の航空券は、東京を出発地、ロンドンを到着地とする航空券より安い価格で販売されたというのであるから、被告が本件1の航空券によっては東京を出発地とする適用運賃を収受していないことは明かというべきであり、従って、被告は、本件1の航空券では、東京を出発地として竹鶴らをロンドンまで運送すべき契約上の義務を負担していないものというほかはない。

よって、被告が竹鶴らの搭乗を拒否したことは違法とはいえないし、竹鶴らの運送のために新たな航空券を販売してその代金を得たことが被告の不当利得となるものでもないというべきである。

(四) 原告の主張について

原告は、竹鶴らは運送契約上の権利の一部である香港-東京間の運送を受ける権利を放棄し、本件1の航空券に表示された権利の一部の行使をしようとしたものであると主張するところ、その主張するような権利の放棄が契約上可能であるかどうかはともかくとして、結局のところ竹鶴らの現実の出発地が香港ではなく東京である以上、その運賃は現実の出発地である東京と到着地であるロンドンとの間の適用運賃となるはずである。そうであれば、適用運賃の支払いがないかぎり、運送すべき義務が存在しないことにかわりはないこととなる。

なお、原告は、この場合、一旦有効に発行された航空券がその一部の区間の利用を放棄したことにより残りの用片が使用しえなくなることは不合理であると主張するが、残りの用片だけを使用しようとするということは、とりもなおさず契約上の出発地ではない寄航地を出発地とする運送を求めることであり、そのためにはその新たな出発地を前提とする適用運賃の支払いが必要であるのに、それに満たない運賃の支払いしかなされていない以上、そのような運送を求めえないのは当然の事であり、その結果として、右用片がそれだけでは使用しえなくなるのは何ら不合理なことではない。

2  信義則違反の主張について

(一) いわゆる輸入航空券についての搭乗拒否の対応が一貫しないことについて

まず原告は、被告が本件のようないわゆる輸入航空券により、途中寄航地である日本国内から搭乗しようとする旅客に対しての搭乗拒否の対応が一貫せず、むしろ拒否しない場合が多かったことを指摘して(現に原告代表者が、かつてこのような航空券での搭乗を拒否されずに搭乗したことは当事者間に争いがない。)、被告が運送約款等を搭乗拒否の理由として援用することは信義則に反すると主張する。

このようないわゆる輸入航空券問題は、同一路線に関するものでありながら、各国政府の定める認可運賃に格差があることから、利用者の側でより安い価格による運送を享受しようとする思惑から生じたものであると考えられるところ、このような格差が生ずることは、その決定が各国政府に委ねられている以上やむを得ないところであるとはいえ、その格差が大きい場合には、利用者の側からすると必ずしも得心のいきかねるものであり、それ故にこのような航空券による搭乗に関する被告側の現場での対応が、搭乗拒否を貫くことなく不統一であったことにも、それなりの理由を見出せるものと言える。他方、前記のとおり、適用運賃を収受しないで運送を行うことは航空法上の犯罪とされていて、運送事業者である被告はこれを遵守すべき強度の法的義務が課せられているのである。

そうしてみると、特に被告が竹鶴らまたは原告を殊更にねらいうちして、その搭乗を拒否したというような事情でもあれば格別、そのような事情を認めるべき証拠もない本件においては、被告の側で、右のような対応の一貫しない事実があったにせよ、そのことをもって、被告が本件1の航空券に関して運送約款などを根拠に搭乗を拒否し、その根拠として航空法、適用運賃及び運送約款に関する主張をすることが、信義則に反するものとはいえない。

(二) 認可運賃に反するその他の航空券の放置、販売ないしその黙認について

次に、原告は、本件のようないわゆる輸入航空券とは異なるが、認可運賃に反する航空券を被告が放置、販売ないしその販売を黙認しているとして、被告が運送約款等を搭乗拒否の理由として援用することは信義則に反すると主張する。

なるほど、国外を出発地及び到着地とし、日本国内を途中寄航地とする往復航空券を使用して来日した旅客が、日本国内から到着地までの往復の搭乗券を使用しないで出発地に帰ろうとする場合には、少なくとも運賃の収受に関しては、本件と同様の問題が生じるはずであるのに、被告において、運賃の精算などの措置を取っていないことは当事者間に争いがなく、このような事柄を殊更に放置しているとすれば、その理由が技術的ないし心情的なものに由来するにせよ、片手落ちとの誹りは免れがたいように思われる。また、被告がかつて国外を出発地とし日本国内を到着地とする往復航空券を往路と復路とを逆にして販売するという認可運賃制度に反する航空券を販売したことがあることは当事者間に争いがないから、被告が一貫して認可運賃を厳守してきたわけでもない。さらに、旅行業者を通して一般に販売されている航空券の中には、認可運賃に反し、あるいはこれを潜脱するものとして非難されているもの(「エアオン」チケット、「呼び寄せ」チケット、Y2チケット)があり、仮に、そのような航空券が認可運賃に反するものであるとするならば、公共的輸送業務に従事する被告としては、単に被告自らがこれを販売しているわけではないというような消極的な対応で、これを放置黙認することが正当化されるものでもないはずである。

しかしながら、前記のとおり、本件1の航空券による搭乗を認めることは航空法に抵触するものであることは明らかであり、しかも被告は航空法に定める認可運賃を遵守すべきことが罰則をもって強制されていることに照らすと、以上のようなある種の航空券については認可運賃制度に反するような取扱をし、またかつて認可運賃に反するある種の航空券を販売し、さらに認可運賃制度に反するようなある種の航空券の使用を放置黙認しているというような事実関係があったとしても、それだけでは、未だ被告において、本件1の航空券が認可運賃(適用運賃)に反するとしてこれによる搭乗を拒否し、その理由として航空法や運送約款の規定等を援用することが、信義則に反するものとまで解することはできない。

二  本件2の航空券の搭乗拒否について

被告が本件2の航空券による搭乗を拒否したことは、運送契約上、債務不履行にあたる(当事者間に争いがない。)。

原告代表者は、鶴から、本件2の航空券による搭乗が拒否されたという連絡を受け、直ちに電話で被告の東京空港支店の被告会社従業員に対して搭乗拒否には理由がない旨抗議したところ、右従業員は、調査の上、原告代表者に対しては、本件2の航空券による搭乗を拒否したことは誤りであったことを認め、鶴が新たに購入した航空券と本件2の航空券との差額である通行税相当額の払戻の方法について尋ねるとともに、今後同種の航空券について搭乗を拒否しないように手配し、鶴に対しては謝罪の電話をするということで、原告も被告側の処置を了承した。本件訴訟の提起以前に、原告が被告に対して、本件2の航空券の払戻しや、鶴に対する支払い分の損害賠償を求めたことはない(証人真鍋しのぶ、原告代表者)。

その後、原告は、本件2の航空券と同種の航空券について各地の空港で搭乗を拒否されたとの報に接し、被告に対して右と同様な抗議を申し入れたが直ちには是正されなかったので、平成元年三月一〇日、本件訴訟を提起して裁判で争うこととした(甲五〇、原告代表者)。

被告は、本件訴訟の第一回口頭弁論期日において、本件2の航空券に関する損害賠償請求について争う旨の答弁書を陳述したが、第二回口頭弁論期日において、右の航空券については、搭乗を拒否する理由がなかったことを認める旨の準備書面を陳述するに至った。

さらに、被告は、鶴清孝に対して本件2の航空券に代えて新たな航空券の購入を求めた措置には誤納入の可能性があるとして、原告に対して、平成元年一〇月九日付現金書留郵便により、右新航空券の代金四万九〇〇〇円から旧航空券の代金相当額(未使用のため払戻を受けることができる。)を控除した差額四四五二円及びこれに対する平成元年二月一三日以降一〇月末日までの年五分の割合による遅延損害金の合計四六一二円を送付したが、原告は右現金書留郵便を受領後、送金の趣旨が不明であるとして右金員を被告に返送した。そこで、被告は、あらためて平成元年一二月四日付現金書留郵便により、右新航空券の代金四万九〇〇〇円及びこれに対する同年二月一三日から同年一二月末日まで年五分の割合による遅延損害金の合計五万一一五五円を送付したが、原告は、右現金書留郵便を受領後、再び右金員を被告に返送したので、被告は、平成二年二月二〇日、名古屋法務局において、右金員を弁済供託した(当事者間に争いがない。)。

以上によれば、本件2の航空券については、被告は当初から、その搭乗拒否に理由がないことを承認しており、原告が被告に対して、訴訟提起に先立ち、その実質的損害と評価しうる通行税相当額の払戻を請求すれば、被告がこれに応じたであろうことは容易に推認でき、また本件2の航空券自体の不使用による払戻は旅行業等を営む原告自らが行うことも可能であった。そうしてみると、原告が鶴に対して支払った金員が損害であるとして本件訴訟を提起する際に必要となった弁護士費用は、被告のした搭乗拒否によって生じた相当因果関係の範囲内にある損害とはいえず、もとより被告の利得であるともいえない。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 佐藤陽一 裁判官 谷口 豊)

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